役立ちすぎて、学習するのには良くない

今度は、東京農工大の辰巳先生のブログから。高校の教科『情報』を良くするためのキーワードを2つあげておられます。2つ目のほうは意味が今一つわからないのですが、一つ目のキーワードには激しく同感です。

「(1) 『情報』が役に立ち過ぎる教科・科目であり、よくない」ということが、本当に深刻な問題になっているのだなということが、僕の中に強い印象として残りました。

あと、すでに何度も紹介している言葉ですが、「(2)大の大人の情報リテラシー」という言葉も、やはり重要だと思います。

教科「情報」をよくする二つのキーワード?: 辰己丈夫の研究雑報

つまり、コンピュータやネットワークに関することは現状として中身を知らなくても利用できてしまえていることが問題であるということです。ネタ元には辰巳先生の補足説明がされています。仕組みをしらないということは、深刻な事態に陥ってもそれにすら気が付けないというリスクがあることを説いておられます。

教科『情報』に限らず、情報教育全体を考えるときに、いつもこのようなことを考えていました。特別な勉強をしなくとも、私たちの周りにはIT(ICT)を活用した道具が数多くあり、私たちはそれらをそれなりに使いこなせています。そういう現状をきちんと受け入れた上で、将来の「情報化社会」というものをもっと具体的に描いた上で、「情報を教育するとはどういうことか」をしっかり議論しないといけないのではないのかなぁと思うのです。すごく難しい問題かもしれません。